佐々木伶『ワンマンライフ』プロダクション・ノート
佐々木伶のファースト・アルバム『ワンマンライフ』のプロデュースを担当しました。
制作期間:2019年秋〜2021年春
当初は佐々木宅に私が録音機材一式を持ち込む形で出張宅録を行っていましたが、新型コロナウイルスの影響によりリモート環境での制作に移行。大阪〜京都間でデータのやりとりを行いながら制作を進めました。リモート環境によってかえって作業が効率化され気づけば1枚組30曲のボリュームに。
大部分の曲はアルバム制作以前の佐々木さん自身による宅録MTR音源が存在しています。アルバム版と聞き比べるの面白いと思うのでリンクを貼っておきます。
1. 私は選ばれない
2019年秋、最初のレコーディングセッションで取り組んだ2曲のうちの1曲。当初はその場でレコーディングからミックスまで半日で完了させるという縛りで取り組んでいました。このアルバムのピアノの音はすべて佐々木さん宅の Roland の電子ピアノを使用しているのですが、流石は日本が世界に誇るローランド、良い音です。”ラベルなんかじゃごまかせない” のスネアロールの音はその場の機転で佐々木さんが雑誌を叩いた音にディストーションをかけて錬成しました。ラベルとラヴェル(のボレロ)を掛けているらしいです。動物の声はムツゴロウ感を演出するためにフリー素材を集めました。
2. 期待しない
前曲に続きピアノ弾き語り中心の曲です。「私は選ばれない」〜「期待しない」という佐々木さんのライブにおける定番の流れを『Sgt Pepper's Lonely Hearts Club Band』ふうに再現しています。佐々木さんのピアノはクラシック色が強いのが特徴ですね。
3. 結局行き先はソウル
佐々木さんのデモ段階ではエレキギターの弾き語り曲でした。当初は嵐の「A・RA・SHI」っぽい J-POP フィーリングを目指していたのですが、歌詞の内容や当時聴いていた音楽の影響から K-POP 寄りのアレンジになっていきました。(Aメロがワンコードになっているのは嵐に接近しようとした名残です。)
Bメロでビルドアップ・2番でトラップぽくなる・サビ頭でブレイク等の一度はやってみたいベタ展開を詰め込めたのでかなり満足感があります。
2番Aメロの佐々木さんによるスタジオミュージシャンっぽいギターもお気に入りです。
ラストサビ前の展開は弾き語りデモの段階から存在するのですが、アルバム版では急に謎のハードコアバンドが乱入してくるイメージで解釈しました。
リード・シングル的な曲でMVも私が作ったので見てください。(人生初ミュージックビデオ制作)
4. 上下水道完備
ピアノの弾き語り曲をフェイク・ジャズにアレンジしています。ピアノ以外は打ち込みです。BFD3(ドラム音源)のブラシの音がとても良くて気に入ってしまったので The World Will Tear Us Apart の新作でも使いました。Trilian(ベース音源)のウッドベースの音もかなりイケてます。私はかつてジャズ・ビッグ・バンドに所属していたことがあるのですが、その経験が活かされているのかどうかはよく分かりません。いつか生バンド(佐々木伶カルテット?)での演奏を見てみたいです。
5. 初めてのスタンプ
こちらもピアノの弾き語り曲です。ミスチルのバラード曲のような J-POP 感を目指しました。(ミスチル的な展開をやるには佐々木さんの曲は短かすぎるという問題がありましたが…。)
アルバムの中ではいちばん多く楽器を弾きました。(エレキギター・アコギ・エレキベース。)この曲のAメロみたいなハネるベースラインが好きです。ラストサビのリードギターは佐々木さん。
6. 近江舞子
この曲は佐々木さんのMTR宅録デモ段階でほぼアレンジが固まっていました。アルバム版でもギター・ベースはすべて佐々木さんの演奏です。MTRデモでサビ前にメトロノームの音が入っているのがあまりにもクールすぎたのでそのまま本アレンジに採用しました。佐々木さんは重度のベンジー・ファンなのですがこの曲は最も露骨にブランキーを感じる1曲です。このアルバムの佐々木さんのエレキギターのサウンドはすべてライン録音のデータにアンプシミュレータを後がけしています。
7. 待ちぼうけ
脳内での問答というコンセプトを再現すべく、ローファイでサイケデリックな感じになりました。スプリングリバーブ、好きです。こういった小品にこそ佐々木さんの真髄があるような気もします。
8. 鶏を食べてワイン飲む
2019年のクリスマス・シングルとしてリリースされた曲です。イントロのエレクトリック・シタールの音は エレクトロ・ハーモニクス社のエフェクターをエレキギターに繋いで録音しています。その他のギターはすべて佐々木さん。ベースは私が弾いています。後半から鳴っている鈴は佐々木さんがこの曲のためにわざわざ購入したもので、なんとも言えない味わいがあります。
9. 目的意識
前曲に登場する「20日の街コン」の戦況報告ソング。佐々木さんのギターとピアノの演奏に私がアコースティックな質感のトラックをつけました。これもわりとレコーディング初期の曲でしばらく仮ミックスのまま眠っていたのですが、ある日突然「アシッドベースを入れよ」という啓示を受けたためこのような形になりました。良いですよね、アシッドベース。
10. 覆水盆に返らず
佐々木さんによるピアノソロ曲。不穏な空気感と意味深なタイトルがよいですね。こういった小品が挟まれることでアルバムのアクセントになっていますね。
11. チャミスル
個人的推し曲です。ギターとベースのアレンジは佐々木さんのデモ段階でほぼ固まっており、私はリズムトラックを付け加えました。サビのストリングスは佐々木さんの Roland の電子ピアノに入っている音色なのですが、絶妙な胡散臭さがたまりません。ラストサビで謎に四つ打ちになる展開がお気に入りです。チャミスルのCMソングになってほしいです。
12. ほぼ宦官
佐々木さんのピアノ弾き語りに歴史ものの映画音楽のイメージで大仰なマーチングとオーケストラを加えました。デモでかかっているサビのダブリング?が面白すぎたのでアルバム版でも再現しています。
13. 春は来る
2020年の春に『春は来る EP』としてリリースした曲のアルバム版です。この曲もギターとベースのアレンジはデモ段階で固まっていました。よく聴くと実はツイン・ドラムです。(どちらも打ち込みですが。)短調になる部分で歌詞もダウナーに入るのが作曲のお手本みたいで良いです。
14. Flying
これは佐々木さんによるMTR録音のテイクがあまりにも神がかっていたので、音質の微調整のみ行いそのまま収録しています。ファースト・テイクの奇跡ってあるんですね。
15. 人間が怖い
佐々木さんのビリージョエル方式による一人多重録音合唱曲。第一部の締めくくりはこの曲しかないと思いました。
16. 私は選ばれない - reprise
大作アルバムにありがちな展開ということで1曲目のメロディを再登場させ、色んな音色で鳴らしてツギハギしています。こういうの作るのがいちばん楽しいです。佐々木さんの曲はメロディに普遍的なポップさがあるのでどんな音色でもいけますね。
17. Beautiful Organic Life
「私は選ばれない」と同じ最初のレコーディングセッションで録音した曲です。まずギターとラップを録音し、その場でトラックをつけました。「カスピ海」のところで私の声がちょっとだけ入っています。ロハス・エコ・リサイクルのリフレインが呪術的ですね。 アウトロのスクラッチもどきは midi コントローラーでリアルタイムに演奏できるシステムを組んだのでいつかライブで再現したいです。
18. 総量
この曲は佐々木さんによるガットギターの弾き語りほぼそのまんまです。アウトロのピアノとオルガンのユニゾンが良いですね。
19. 令和
当初はコード進行から Underworld をイメージしていたのですが最終的には何とも形容し難い展開になってしまいました。何なんでしょうかこれは。Ableton Live にはオーディオ・データを midi に変換してくれる機能があるのですが、微妙に検出の精度が悪くてそれが絶妙な味わいを生むんですよね。ここではガットギターのリフをmidiに変換してエレピで鳴らしたものを重ねています。
20. 小指が痛い
佐々木さんのガットギター・ソロによるインスト曲。サウンドクラウドにアップされていたデモが良かったのでアルバムへの収録を提案しました。一発録音で録り直してもらっています。意味深なタイトルも相まってなんか泣けます。
21. Pコート
全曲からガットギター繋がり。原曲のフリーテンポの弾き語りの感じを活かしつつ中間部の不穏な感じを演出しています。佐々木さんの詞は状況描写から急に内省に突入するパターンが多いですね。
22. 実在確認
これも佐々木さんによる宅録MTR音源をそのまま採用しています。KORGのMTR、内蔵マイクのためかマスタリング・エフェクトのためか分からないんですが独特な質感になるのがいいなと思います。
23. 僕に女性を紹介しないで
「鶏を食べてワイン飲む」と共に両A面クリスマス・シングルとしてリリースした曲です。トラップ・ミーツ・ベンジー的な様相を呈しています。キックやハイハットにピッチをつけるやつを練習しているうちに完成しました。
24. せめて
原曲はエレキギターの弾き語りでしたが、次曲でポエトリーリーディングを提供している植林さんの発言によりこの曲はレディオヘッドだということが判明。限界までそっちに寄せてますが最後にトムヨークが絶対やらなさそうなラップが登場するのがウケます。
25. 鳥見山
サークル時代の先輩、植林望氏によるポエトリー・リーディング曲。シンガーソングライターのデビューアルバムでいきなり知らない人がポエトリーリーディングを始めるの面白いです。
26. 暇でもそれはやりたくない
コロナ禍によってリモート制作を強いられ MacBook Pro と Logic を導入した佐々木さんによる初期衝動炸裂DTM作品。私は音質の微調整以外は何もしてません。どんな楽器を触らせても結局佐々木さんの感じに収束するのがすごいですね。
27. 神様
ガットギター弾き語り音源に Ableton Live のサンプル素材を組み合わせていたら原型が出来ました。サビのハモリはかのOfficial髭男dism も愛用している iZotope VocalSynth2 で作っています。
28. Work
佐々木さんによるギターのループ主体の曲。後半バンドっぽくなるのは佐々木さんのデモ段階から存在するアレンジです。エレキベースは私が弾いています。ラストサビのオルガンが良いですね。(これも Roland のエレピに入ってる音です。)
29. PL法
これはほぼピアノの弾き語りのままですが、リリックに沿ってアウトロでうっすら工場の音を入れています。工場 音 素材 とかで検索すると謎の工場のサウンドがたくさん聴けて楽しかったです。アルバムの曲順の大枠は私が考えたのですが、とくにこの曲から最終曲の流れは泣ける感じで好きです。
30.それだけじゃダメですか
三線の録音とミックスがとにかく大変でした。このアルバムで多用されているガットギターもそうですが、非バンド系の楽器の録音はノイズとの戦いです。バンドサウンドはくるりの「東京」のような感じを目指しています。ギターはすべて佐々木さん、ベースは私が弾いています。